vol.727【実践コラム】自社にとっての適正なキャッシュ水準の決め方について

…月商一か月分以上は出発点であり、そこから自社の事情で調整します。
(毎週木曜日配信)財務編
銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー
尾川充広
前回までで、資金繰り表を使って先の残高を見る形が整いました。今回は、その残高をいくら残しておくべきか、つまり自社にとっての適正なキャッシュポジションをどう決めるかを整理します。
一つの目安として、この連載では最低でも月商一か月分以上のキャッシュを維持するという基準をお伝えしてきました。この水準が使われるのは、売上が一時的に止まっても、固定費や仕入れ、返済といった毎月の支払いをしばらく賄えるだけの厚みがあるからです。突発的な支出や売上の落ち込みに対して、慌てずに手を打てる時間を確保できます。まずはこの水準を、自社の下限として置くところから始めます。
ただし、適正な水準は会社によって変わります。月商一か月分は共通の出発点であって、そこから自社の事情に合わせて調整するものだと考えてください。
手元資金を厚めに持っておきたい会社には、いくつかの特徴があります。まず、売上に季節性や変動が大きい場合です。繁忙期と閑散期の差が大きいほど、薄い月を乗り切るための備えが必要になります。次に、売掛金の回収サイトが長く、買掛金の支払サイトが短い場合です。入金より先に出金が続く構造では、その差を埋めるための運転資金が常に必要になり、手元を厚く保つ意味が大きくなります。借入返済が重い会社や、特定の取引先への売上依存が高い会社も、余裕を多めに見ておく方が安全です。
反対に、固定客からの入金が安定していて回収サイトも短く、支払いの波が読みやすい会社であれば、下限に近い水準でも回ることはあります。ただし、薄く構えるほど不測の事態への耐性は下がりますので、慎重な判断が必要です。
では、自社の基準額をどう決めるか。実務的には、資金繰り表で一年を通して残高が最も薄くなる月を見つけ、その谷の底でどれだけ残っていれば安心して事業を続けられるかを考えるのが出発点になります。あわせて、毎月出ていく固定費や返済の何か月分を持っておきたいかという見方を重ねると、自社にとって現実的な金額が定まってきます。月商という一つの物差しだけでなく、固定費と支払いの規模から見ることで、基準に具体性が出ます。
そして、この基準は一度決めて終わりではありません。売上規模が変われば必要な運転資金も変わり、借入や設備投資の状況によっても適正水準は動きます。事業の変化に合わせて、年に一度は見直す前提で持っておくと、基準が形だけのものになりません。
資金繰り表で残高を確認しながら、自社にとって安心できるキャッシュ水準を持つことが、安定した経営判断につながります。
尾川充広(銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー)

