vol.698【経営コラム】ダイナミックプライシングの検討を!

…中小企業の新しい収益戦略です。

(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司

日本の中小企業は、最低賃金の上昇やエネルギー・原材料価格の高騰に直面しながらも、価格転嫁が進まずに苦しんでいます。「値上げ=顧客離れ」という固定観念に縛られてしまい、結果的に利益を圧迫してしまうケースは少なくありません。そこで注目すべきが、需要や時間帯、在庫状況に応じて価格を柔軟に変える「ダイナミックプライシング」です。大企業だけの手法と思われがちですが、工夫次第で中小企業にも活用可能な強力な戦略となります。

■1.大手企業が証明する収益改善の効果

ダイナミックプライシングはすでに多くの業界で成果を上げています。

  • 航空・ホテル業界
    ・繁忙期は高価格で収益を確保し、閑散期は割安に提供して稼働率を最大化。
  • 外食チェーン
    ・ピークタイムは価格を上げ、アイドルタイムは値下げすることで混雑緩和と集客を両立。
  • テーマパークやコンサートチケット
    ・需要予測に基づいて価格を変動させ、売上を伸ばすだけでなく、顧客分散を実現。

こうした事例は、価格を固定するよりも「変動させる」方が、収益性・顧客体験の双方を改善できることを示しています。

■2.中小企業でもできる実践シナリオ

中小企業の現場にも応用可能な場面は多岐にわたります。

  • 飲食店
    ・金曜夜は通常価格を維持し、平日昼はセットメニューを割安にして空席を埋める。
    ・天候連動型キャンペーンとして「雨の日割引」を導入し、集客を安定化。
  • 美容室・整体院
    ・直前キャンセル枠を値下げして即時予約を促進。
    ・繁忙期の年末や土日にはプレミア価格を設定し、利益を上積み。
  • 小売業
    ・在庫が多い商品は値下げで回転を早め、人気商品は需要期に値引きを抑制。
  • レンタル業
    ・季節商材(スキー用品や祭事用備品など)は繁忙期料金を設定し、オフシーズンは割安に提供。

これらはPOSSデータや予約アプリを活用すれば十分に実現可能です。難解なAIシステムを導入しなくても、まずは「曜日」「時間帯」「在庫量」というシンプルな切り口から始められます。

■3.利点は「利益最大化」と「顧客満足度向上」

ダイナミックプライシングの本質は、単純な値上げではなく「売れ残りや混雑による機会損失をなくすこと」にあります。

  • 利益の最大化
    ・需要が高い時期に価格を調整することで利益を確保し、閑散期には値下げで稼働率を高める。
  • 顧客分散効果
    ・混雑時を避けたい顧客にはオフピーク価格を提供し、快適なサービス体験を実現。
  • 従業員の負荷軽減
    ・ピーク時の集中を抑制できるため、人手不足が深刻な中小企業にとっても労務管理がしやすくなる。

つまり「顧客の満足度を下げずに、収益と働きやすさを両立できる仕組み」です。

■4.導入の壁を乗り越える方法

「顧客に不公平感を与えないか」という懸念はもっともですが、工夫次第で解決できます。

  • 納得感のある説明
    ・「早割」「直前割」「平日限定」など、顧客が理解しやすい形で設定する。
  • 透明性の確保
    ・店頭や予約サイトで価格ルールを明示し、誤解を避ける。
  • 小さな実験から開始
    ・まずは曜日別・時間帯別などシンプルな仕組みから導入し、顧客反応を見ながら調整。

近年は、中小企業向けのクラウド型ダイナミックプライシングサービスも登場しており、AIが需要を予測して価格の目安を示してくれるため、専門知識がなくても導入が容易になっています。

■5.「価格を守る」から「価格を活かす」へ

固定価格が当たり前だった時代は終わり、価格を柔軟に動かすことが競争力を生む時代に入っています。物価高・賃上げ・人手不足という逆風に対して、価格を固定して守るだけでは企業の体力は削られてしまいます。中小企業がとるべきは「価格を活かす」戦略です。需要の波に合わせて価格を変え、収益機会を最大化する。これこそが持続的な経営を実現する新しい発想です。

大きな投資をせずとも、まずは自社の予約や販売データを振り返り、「混む時間」「空いている曜日」「在庫の山」を見つけることから始められます。そこに小さな価格実験を仕掛けることが、未来の利益構造を変える第一歩になるでしょう。

田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)