vol.691【経営コラム】職務の明確化は、人材の力を最大化する有効な打ち手です

…「何をどこまでやるか」の明文化が、静かな退職を防ぎ、業績を高める
(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
…前回号の続きです。
近年、従業員のモチベーション低下や「静かな退職」といった現象が注目されています。背景には、業務の曖昧さや不明瞭な評価基準があり、社員が「頑張っても報われない」「何を期待されているかわからない」と感じる構造が根本にあります。
中小企業にとって、社員一人あたりのパフォーマンスが経営に直結する以上、職務を明確に定義し、範囲と責任を言語化して共有することは、単なる人事管理の話ではなく、経営戦略そのものです。
■ なぜ「職務の明確化」が必要なのか?
1人が複数業務を担うことの多い中小企業では、業務が属人的・暗黙的になりがちです。結果として以下のような問題が生まれます。
- やっている人とやっていない人の差が曖昧で、不公平感が生まれる
- 引き継ぎができず、人が辞めるたびに混乱する
- 助け合いのつもりが、特定の人に業務が偏り「静かな退職」状態に陥る
こうした状況を打破するには、「誰が、何を、どこまで、いつまでに、どのレベルでやるか」を明文化する「職務記述書(ジョブディスクリプション)」の作成が有効です。
■ 職務記述書に含めるべき要素(基本構成例)
以下が、1職種・1ポジションあたりに設定すべき基本項目です。
- 職務名…営業担当(新規開拓)/経理スタッフ/店舗マネージャーなど
- 主な業務内容…顧客訪問・見積作成・売上管理・受注進捗の確認など
- 担当範囲・対象…○○地域内の中小企業/○○製品の販売業務など
- 成果指標(KPI)…月間訪問件数20件、受注率15%、請求ミスゼロなど
- 権限と責任…値引き権限10%まで、最終承認は上長など
- 上司・関係部署…営業部部長/受発注管理課と連携など
- 評価基準…達成度/チーム貢献度/報告・連絡・相談の適正など
■ 実例:職務記述書の簡易フォーマット(営業職例)
- 職種名…法人営業担当
- 業務内容
自社製品の新規顧客開拓(訪問・ヒアリング・提案)
契約交渉・クロージング、初回納品後のフォローアップ
週次での営業日報作成と上長への報告 - 担当エリア/対象…関東エリアの中堅製造業(50社程度)
- KPI(数値目標)
月間アプローチ件数:50件
面談実施件数:15件
契約件数:3件 - 評価指標(定性+定量)
契約件数と売上高の目標達成度
チーム活動(同行営業、提案資料共有など)への貢献度
顧客からのフィードバック・満足度 - 権限・責任
単価10%以内は調整可能。範囲外は上長決裁 - 報告ライン…営業部課長に週1回の報告、月1回の面談
■ 実務で導入する際の進め方
中小企業では、「紙に書くより、まず動け」という現場気質も根強くあります。しかし、以下のステップで無理なく進められます。
- まずはモデル職種から始める(例:営業/総務/店舗責任者)
- 社員本人に「自分の仕事を棚卸し」してもらう(1週間分の業務記録を取らせる)
- 経営者や管理職が「どこまでを期待しているか」をすり合わせる
- 簡易的でもよいのでフォーマットに落とし込み、共有する
- 半年に1回は見直す(仕事は変わっていくため)
■ 職務の明文化がもたらす5つの効果
- 社員が「やるべきこと・やらなくてよいこと」が明確になり、過剰な負荷を防げる
- 評価の透明性が増し、納得感のあるマネジメントが可能に
- 属人業務が減り、誰が抜けても引き継げる体制ができる
- 無理なく、静かな退職のリスクを減らせる
- 人材育成がしやすくなり、外部人材や若手の受け入れもスムーズに
■ 中小企業だからこそ、“見える化”が武器になる
職務の明確化というと、「うちの会社には難しい」「そこまで整備する余裕はない」と考える方も多いかもしれません。しかし、規模が小さいからこそ、1人の役割が明確になることで全体の動きがスムーズになるのです。やるべきことと、やらなくてよいことを明確にする。これは、社員を楽にするだけでなく、経営者が安心して任せるための“仕組み化”でもあります。
まずは一職種、一枚の紙から。御社の人材力が、より生産的で持続可能な力に変わる第一歩になります。
田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)