vol.481【実践コラム】事業承継の留意点

事業承継の留意点

…税務目線だけでなく財務目線でも検討しましょう。

(毎週木曜日配信)財務編
銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー
尾川充広

先日、資金調達の相談をお受けしたある企業様の事例です。義理の父親から会社を引き継いで約1年が経過しましたが、資金調達ができず困っているという相談でした。


決算書を拝見すると、銀行借入が相応にあり、自己資本は債務超過の状態にありました。金融機関が融資しづらい財務状況です。債務超過に陥った要因を探るため、過去の決算書を確認したところ、前年、前々年と2年に渡って総額約5,000万円の退職金が出ていました。そこに、コロナウィルス感染拡大の影響で業績が悪化し、現在の状況に陥ったようです。

話をお聞きすると、前社長が特に退職金を欲しがった訳ではありませんが、会社の株を引き継ぐためには株価を引き下げる必要があり、敢えて赤字を出したと説明がありました。

会社をご子息や従業員に引き継ぐ場合、代表取締役は株主総会等を開催して決議すれば変更できます。しかし、株主が前社長のままであれば、新社長は雇われ社長となり、本当の意味で事業承継が完了したとは言えません。よって、株式もあわせて新社長に引き継がなくてはなりませんが、株式は客観的な評価額で譲渡しなくてはならないため簡単ではありません。

前述の会社様についても、元々株式の評価額が5,000万円程度あったそうです。新社長が個人的に5,000万円で株式を購入したり、贈与を受けたりすれば会社の価値は下がらなかったのですが、株式譲渡所得税や贈与税を発生させないため、税理士さんと相談したうえで、株価をゼロにして無償で譲渡するという方法を取ったそうです。

これにより、税金を出来るだけ払わないという目的は達成できましたが、新社長は、銀行借入もままならないボロボロの会社を引き継ぐことになりました。

株価を引き下げて後継者に株式譲渡を行う方法は、中小企業の事業承継においてポピュラーな承継方法のひとつです。しかし、株価を引き下げるという行為は会社の価値そのものを引き下げる行為にあたります。当然、金融機関から見ても魅力のない会社になってしまいます。

中小企業にとって金融機関との関係は大変重要です。事業承継後も金融機関と円滑な関係を継続することが会社にとって最優先だと判断すれば、譲渡所得税や贈与税を支払ってでも会社の価値は下げないという視点も必要です。

税務目線だけでなく、財務の目線でもよく検討してください。

尾川充広(銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー)