vol.735【経営コラム】適切な指導責任を放棄しないために!その2

…事例から考える「指導」と「配慮」のバランス!
(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
前回は、行き過ぎたハラスメント対策が組織にもたらす弊害と、その対策について解説しました。ハラスメント防止は、誰もが安心して働ける職場環境を実現するうえで欠かせない取り組みです。一方で、その運用を誤ると、本来企業が果たすべき人材育成機能や組織運営に悪影響を及ぼす場合があります。
近年は、「相手を傷つけてはいけない」「不快な思いをさせてはいけない」という意識が高まる一方で、「どこまでが適切な指導なのか分からない」という管理職の声も少なくありません。その結果、必要な指導やフィードバックまでもが控えられ、職場の成長力が低下するケースが見受けられます。
今回は、実際の企業現場で起こり得る事例をもとに、行き過ぎたハラスメント対策がもたらす課題と、その改善の方向性について考えてみたいと思います。
■事例1:「注意できない上司」が生んだ職場の不公平感
ある製造業の職場では、若手社員Cさんが納期遅延や報告漏れを繰り返していました。本来であれば、上司が原因を確認し、改善に向けた指導を行うべき状況でした。しかし、直属の上司であるA課長は、「厳しく注意するとパワハラと受け取られるかもしれない」と考え、具体的な指摘を避けていました。
その結果、同じミスが何度も繰り返され、そのたびに周囲の社員がフォローに追われることになりました。やがて職場では、「なぜ問題を放置するのか」「真面目に頑張っている人ほど負担が大きい」という不満が広がり、チーム全体の士気が低下していきました。
この事例で問題なのは、上司がハラスメントを恐れるあまり、管理職としての指導責任を果たせなくなってしまった点です。業務上必要な注意や改善指導は、本来ハラスメントではありません。人格を否定するのではなく、事実に基づいて改善を求めることは、組織運営上不可欠な行為です。
企業には、「してはいけないこと」だけではなく、「どのような指導であれば適切なのか」を具体的に示す教育が求められます。
■事例2:「優しさ」が若手社員の成長機会を奪ったケース
あるサービス業の企業では、「若手を萎縮させない職場づくり」を重視していました。その考え方自体は決して間違いではありません。しかし、次第に上司が厳しいフィードバックを避ける風潮が生まれていきました。
入社3年目のBさんは接客業務を担当していましたが、顧客対応に課題があり、同様のクレームが何度も発生していました。しかし上司は、「厳しく指摘すると自信を失わせるのではないか」と考え、曖昧な助言に終始していました。数年後、Bさんが昇進候補として評価された際、接客スキルや問題解決能力の不足が明らかになりました。そこで初めて本人は、自身の課題を詳しく知らされることになります。Bさんは、「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」と大きなショックを受けました。
この事例は、配慮のつもりで行った対応が、結果として本人の成長機会を奪ってしまった例です。社員の成長には、適切なタイミングでのフィードバックが欠かせません。改善点を伝えることは、相手を否定することではなく、成長を支援する行為であるという認識を組織全体で共有する必要があります。
■事例3:コミュニケーション不足が招いた離職の増加
あるIT企業では、ハラスメント防止意識の高まりから、管理職が部下との接触を必要最低限に抑えるようになりました。以前は、定期的な雑談やランチミーティングなどを通じて、業務以外の相談もしやすい雰囲気がありました。しかし、「誤解を招く行動は避けたい」という意識が強まり、上司と部下の会話は業務連絡中心になっていきました。
当初は問題がないように見えましたが、次第に若手社員の離職率が上昇しました。退職面談では、「上司に相談しづらかった」「自分が職場でどう評価されているのか分からなかった」「孤立感があった」といった声が数多く聞かれました。
この事例が示しているのは、ハラスメント対策の目的は人間関係を希薄にすることではないという点です。むしろ、相互理解と信頼関係を深めることで、問題を未然に防ぐことが本来の目的です。心理的安全性とは、「何も言われない環境」ではなく、「安心して意見や相談ができる環境」を意味します。
■事例から見えてくる課題と対策
これらの事例に共通するのは、「ハラスメントを防ぐこと」が目的化し、「人を育てる」という本来の目的が見失われていることです。企業が目指すべきなのは、厳しさを排除した職場ではありません。人格を尊重しながらも、必要な指導が適切に行われる職場です。そのためには、管理職には指導やフィードバックのスキルを習得させるとともに、社員にも「指摘は成長のための支援である」という理解を促す必要があります。また、ハラスメント研修の内容についても、「何が禁止されるのか」だけでなく、「どのようなコミュニケーションが望ましいのか」「適切な指導とは何か」という実践的な内容を充実させることが重要です。
ハラスメント対策と人材育成は、本来対立するものではありません。むしろ両者が両立してこそ、健全で成長力のある組織が実現します。これからの社員教育に求められるのは、「注意しない管理」ではなく、「相手を尊重しながら適切に指導できる管理」を育てることではないでしょうか。それこそが、安心して働ける職場と、成長し続ける組織を両立させるための鍵になるはずです。
田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)

