vol.708【経営コラム】中小企業の未来を切り拓く

…M&Aを活用した新規事業戦略

(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司

中小企業が長期的に発展するためには、収益の柱を複数持つことが重要です。しかし、限られた人材や資金の中でゼロから新規事業を立ち上げるのは、容易ではありません。新しい市場や技術に対応しきれず、試行錯誤の末に撤退を余儀なくされるケースも珍しくないのが現実です。

こうした中で注目されているのが、「M&A(企業・事業の買収)」を起点とした新規事業創出のアプローチです。既存の経営資源だけでは届かなかった分野やスピードを、M&Aによって一気に補完し、成長の軌道に乗せることが可能になります。

■M&Aはなぜ新規事業の有効な手段となるのか?

まず第一に、M&Aは「すでに顧客や収益を持つ事業」を取り込む手段です。自前で一から市場開拓や商品開発をするよりも、はるかにリスクと時間を抑えることができます。

第二に、M&Aは技術・ノウハウ・人材といった「見えない資産」を獲得する機会でもあります。たとえば、自社が不得意とするデジタル領域やマーケティング分野を強みとする企業を買収すれば、短期間で競争力のある新サービスの展開が可能です。

第三に、現在の日本では後継者不足に悩む中小企業が多く、良質な事業を比較的安価に取得できる環境が整っています。これは中小企業にとって大きなチャンスであり、将来の成長エンジンを外部から取り込む好機といえるでしょう。

■中小企業がM&Aを活用して新規事業を成功させるためのステップ

●目的の明確化と戦略立案

まず、自社の経営課題や成長ビジョンを整理し、「なぜ新規事業が必要か」「どの分野に進出すべきか」を明確にします。将来のポートフォリオをどう描くかが、すべての判断軸になります。

●M&Aの狙いを具体化する

単なる事業規模の拡大ではなく、「どのような相乗効果を得たいか」を明確に定義します。既存顧客へのクロスセル、新しいサービスの開発、または人材の獲得など、目的を明確にして初めて、適切な対象企業が選定できます。

●専門家と連携し、適切なマッチングを行う

M&Aは専門的な知見が求められる領域です。中小企業の立場に立って支援してくれるM&A支援事業者、税理士、金融機関などと連携し、実行可能性の高い候補を見極めることが重要です。中小企業庁や商工会議所など公的支援の活用も有効です。

●買収後の統合(PMI)を重視する

M&Aは「買ったら終わり」ではなく、「買ってからが始まり」です。文化や業務の違いを乗り越え、一体感ある組織を築くための統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)を丁寧に設計し、段階的に実行する必要があります。

●新しい価値を創出する事業モデルの再構築

単なる延長線上ではなく、自社のリソースと買収先の強みを掛け合わせることで、「これまでにない価値」を創出することが最終目標です。製造業×IT、小売×地域サービス、既存事業×海外市場など、多様な組み合わせの可能性を探りましょう。
かつては「守りの経営」が重視されてきた中小企業経営ですが、いまや「攻めの一手」が未来を切り拓く鍵となります。M&Aは中小企業にとって未知の領域に思えるかもしれませんが、適切に戦略を練り、信頼できるパートナーと共に進めれば、十分に実現可能な成長戦略です。

リスクを恐れるより、未来への布石をどう打つか。自社の強みを活かしながら、外部資源を取り込むことで、これまでにない新しい事業展開の途が開かれるかもしれません。

田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)