vol.680【実践コラム】黒字回復時の注意点について

…解放感に流されず、財務基盤を固める“もうひと踏ん張り”が未来をつくります。
(毎週木曜日配信)財務編
銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー
尾川充広
赤字続きだった会社がようやく黒字に転じる。経営者にとってこれ以上うれしい瞬間はありません。ところが、その途端に「社長用の車を買おう」「新しい事業に投資しよう」と行動に移すケースをよく目にします。長く我慢を強いられてきただけに、その反動としての解放感は理解できますし、「ここまで回復したのだから大丈夫だろう」という気持ちになるのも自然なことです。
しかし、ここに落とし穴があります。黒字化した瞬間はあくまでスタート地点に戻ったに過ぎません。まだ繰越損失が残っている、自己資本比率が10%程度と低い、流動比率が100%に満たない。そんな状態では、一度の赤字や資金繰りの乱れで再び危機に陥る可能性があります。黒字決算を出したからといって、財務体質が健全化したわけではないのです。
では、なぜ経営者は“まだ早い”投資や消費に踏み切ってしまうのでしょうか。第一に心理的な「ご褒美効果」があるのではないでしょうか。苦境を乗り越えた安堵から、自分や会社に何か報いてあげたいと考えてしまうように思います。第二に「過信」です。業績回復を恒常的なものと錯覚し、銀行も前向きに見てくれているから資金調達も安心だろう、と判断してしまいます。第三に「周囲の目」もあります。社長が車を買う、オフィスをきれいにするなど“景気のいい姿”を見せることで、取引先や社員に安心感を与えたいという気持ちです。
しかし、銀行や投資家が見ているのは心理ではなく数字です。何より重視されるのは、利益の積み上げによって繰越損失が解消され、自己資本比率が一定水準に回復し、流動比率が安定しているかどうか。これらの基盤が固まるまでは「もう少し我慢」が必要です。
むしろ経営者にとっての本当のご褒美は、「財務が健全化したことで将来の投資が自由にできる状態」を手に入れることです。派手な動きよりも、地味に黒字を積み重ね、債務超過を脱し、銀行の信頼を確実に取り戻す。そうして初めて、新規事業や大型投資の“順番”が巡ってきます。
黒字に転じた瞬間は、投資や消費に走りたくなる気持ちが高まります。しかし、その心理に流されることこそが、再び財務を悪化させる最大のリスクです。経営者に必要なのは「もう一歩の我慢」。その積み重ねが、未来の大胆な挑戦を可能にする財務基盤をつくります。
尾川充広(銀行融資プランナー協会 財務アドバイザー)