vol.697【経営コラム】値上げに成功した中小企業の5事例

…成功のカギは原価上昇の正確な把握と説明
(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
エネルギー価格や原材料費の高騰が続くなか、価格転嫁に苦戦する中小企業も多いですが、戦略的に値上げを実行し、成果を上げている企業も少なくありません。ここでは、販売価格へのコスト転嫁に成功した中小企業・地方企業の代表的な事例を5つご紹介します。
■1.福井県の繊維加工業者
電気料金データを根拠に工賃60%以上アップ
福井県内の繊維加工業者では、2023年4月と8月の2度にわたり、主要顧客に対して工賃の値上げ交渉を実施しました。この企業は、地元電力会社の協力を得て、織機ごとの電力使用量を測定。2019年と比較した電力単価の上昇分を根拠資料として提示しました。交渉の結果、工賃を60%以上引き上げることに成功。さらに、得られた増収分を従業員の賃金に反映させることで、従業員のモチベーション向上にもつながりました。
■2.埼玉県の製造業者
原価計算ツールを活用し一部値上げに成功
埼玉県内の中小製造業では、上位取引先が売上の90%以上を占める中、過去の取引実績や作業内容をもとに、支援ツールを活用して原価を精密に算出しました。交渉資料をもとに、一部の取引先からは作業単価の引き上げを認められました。一方で、交渉に応じない企業とは将来的な取引見直しも検討。戦略的な姿勢がうかがえます。
■3.長野県の事例
価格転嫁シミュレーションツールで交渉準備
長野県では、企業が価格転嫁交渉を円滑に進めるための支援として、「価格転嫁検討ツール」の利用を推奨。このツールを活用することで、材料費・人件費・光熱費などの増加分を反映した模擬価格が算出でき、価格改定の必要性を可視化できます。実際に活用した企業からは、「交渉の説得力が格段に高まった」との声も上がっています。
■4.小売業B社
店舗改善+価格戦略で売上アップ
生活雑貨を販売する小売店B社では、仕入れ価格の上昇を受け、次のような包括的な施策を講じました。
- 全商品の価格を平均10%値上げ
- 店舗内装の刷新で顧客満足度を向上
- 値上げの理由と背景を丁寧に顧客に説明(SNS・ニュースレター)
- 常連顧客向けの特典プログラムを新設
結果、客数はわずか3%減少したものの、客単価が15%上昇し、売上全体は前年同月比で12%増加。顧客からも「商品価値が高まった」と好評でした。
■5.中小企業白書より
原価把握が価格転嫁成功の鍵に
「2024年版中小企業白書」では、原価をしっかりと把握している企業ほど、価格転嫁に成功しているという傾向が報告されています。特に、サービス単位ごとに材料費・人件費・間接費などを細かく計算することで、取引先との交渉材料が明確になり、納得感のある価格改定が実現しやすくなるとされています。
●価格転嫁成功のポイント
- 福井県繊維業者:電力消費データを明示 → 工賃60%以上値上げ、賃金も改善
- 埼玉県製造業:原価計算ツール活用 → 一部取引先に作業単価値上げ成功
- 長野県支援ツール活用:価格転嫁シミュレーション → 説得力ある交渉材料を準備
- 小売業B社:価格+顧客対応+店舗改善 → 客単価アップ、売上12%増
- 中小企業白書事例:原価の可視化 → 全体的に高い価格転嫁率を実現
以上のように、価格転嫁を成功させるためには、単なる「値上げ」ではなく、納得感ある説明やコストの根拠提示、付加価値の創出がカギとなります。各自治体の支援策やシミュレーションツールも活用することで、より現実的で効果的な交渉が可能になります。
田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)