vol.693【経営コラム】「値上げ」は痛みではなく、持続可能性への覚悟である

…ここ壱番屋の再値上げに学ぶ、真の経営判断とは
(毎週月曜日配信)経営編
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
2025年、物価上昇と人件費高騰という“構造的変化”が日本企業を包み込んでいます。最低賃金は全国平均で1,100円超を視野に入れ、原材料費・エネルギー費・物流コストも高止まりしたままです。とりわけ中小企業は、価格転嫁の難しさゆえに、利益を削り、体力を消耗している現実があります。
しかし、「我慢して価格を据え置く」ことは、もはや顧客満足ではありません。持続可能なサービスや雇用の維持こそが、企業の社会的責任であり、そのためには避けて通れないのが“値上げ”という選択です。
その象徴的な事例が、カレーハウスCoCo壱番屋(ここ壱)の一連の動きです。
■2度の値上げを断行した「ここ壱番屋」の判断
CoCo壱番屋は、2023年10月に続き、2024年8月にも主要メニューの再値上げを実施しました。具体的には「ポークカレー」が40円程度引き上げられ、各種トッピング商品も含め、全体的に平均3~5%の価格改定となりました。
理由は明確です。企業努力では吸収しきれない原材料費の高騰、最低賃金引き上げに伴う人件費負担、さらにはフードロス対策や物流人員の確保など、継続的なコスト構造の変化に対応するための不可避な措置でした。
ここ壱番屋は、公式発表や各種メディアを通じて「引き続き品質とサービスを維持するためにご理解をお願いしたい」と誠実に訴えました。
■一部の批判と客数減、それでも「増収」
2024年8月の値上げ後、一部の報道では「また値上げか」「もう手頃感がない」といった消費者の声が取り上げられました。
実際、ここ壱番屋の客数は前年比で約5%減少しています。
しかし、ここで重要なのはその“結果”です。値上げによって客単価が上昇し、最終的に売上は前年を上回る「増収」となったのです。
つまり、値上げによる離脱客をある程度見込んだ上で、それを上回る価値を提供し、顧客単価を改善することで収益構造を維持・強化したのです。
これはまさに、「企業の持続可能性を守るための戦略的な値上げ」であり、単なる価格の引き上げではありません。
■中小企業経営者への示唆「それでも、やらねばならない」
ここ壱番屋は全国チェーンであり、ブランド力や集客力で中小企業とは立場が違うという意見もあるでしょう。しかし本質はそこではありません。
この事例が伝えているのは、「批判があっても、客数が一時的に減っても、やらねばならない時はある」という、経営者の覚悟の問題です。
価格据え置きで利益が出なければ、従業員の待遇も設備も守れず、顧客へのサービスも劣化します。逆に、価格を見直し、その分の価値を磨き、納得を得る努力を続ければ、収益性は維持できます。
■価格据え置きは「顧客第一」ではない
多くの経営者が「値上げは裏切り」「顧客に申し訳ない」と考えがちです。しかし、安価にこだわるあまり、品質が低下し、スタッフが疲弊し、事業が先細っていくようでは、本末転倒です。
今必要なのは、「価格=信頼の対価」という意識です。「うちは値上げしません」と言うのではなく、「品質と人を守るために価格を見直します。その価値は必ず提供します」という姿勢こそが、経営者の責任です。
■“痛み”を乗り越えるのは、「覚悟」と「説明力」
値上げには一時的な客数減や批判のリスクが伴います。しかし、それでも向き合わなければならない時があります。それが今です。
ここ壱番屋は、繰り返し値上げを実施しながらも、増収を実現しました。これは、「経営の持続性を守るために、逃げずに選択を下した」結果です。
中小企業にとっても、それは同じです。値上げは“最後の手段”ではなく、長期的な競争力と信頼性を守る“戦略”です。今こそ、値上げの恐怖から解放され、「伝える力」と「信頼づくり」で乗り越える経営へ、シフトしていくことを強く提言いたします。
田中英司 (GPC-Tax本部会長・ 銀行融資プランナー協会代表理事)